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習慣や思考には人それぞれ癖がある、自分の癖を知ってじょうずに楽しく生きる方法を身につけたい。

よしなしごと, 自分語り

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我が家の姉ちゃんズは2歳差違いで小5と小3、年齢とともにケンカも絶えなくなりました。もともと性格が違う2人、もっと幼い頃には長女がうまくいなしていたんですね。

 

最近では自我もはっきりしたので、ぶつかり合いの毎日です。

相手の言動に対する批難ばかり。

 

さて、そんな2人に1つの質問をしました。

 

 

相手がイヤがることってしてもいいと思う?

 

 

 

2人とも口をそろえて「よくないと思う」と言いました。そんなこと今更言われるまでもなく、当たり前だと思いますよね。

『自分がされてイヤなことは相手にもしない』なんて、幼稚園児に教えることです。

 

それでは質問を変えましょう。

 

 

じゃあ、○○○○○は?

 

 

 

姉ちゃんズは顔を見合わせて苦笑いしました。

さて、私は2人にどんなことを聞いたと思いますか?

 

習慣や思考には人それぞれ癖(くせ)がある

 

他人の癖って目につくもの

私が姉ちゃんズに聞いたのは、それぞれがやめられない癖とか、習慣になってしまったことです。

常日頃から「イヤだからやめて」と言っていること。

 

 

やっちゃダメだと思うけど、やりたくなっちゃうんだよね。

 

 

 

 

ついやっちゃうんだよね。

 

 

 

癖なんて、そんなものではないでしょうか。

 

無くて七癖有って四十八癖

癖が無いように見える人でも何かしらの癖があるもので、癖があるといわれる人ならば、尚更多くの癖があるものだということから。

「七」は「無くて」の「な」に音を合わせ、調子を合わせたもの。

「四十八」は、相撲で「四十八手」というように、十分多いことを表す。

 

無くて七癖あって四十八癖 – 故事ことわざ辞典

 

自分のことを一番知らないのは、きっと自分です。

周囲で見ている家族、友人の方が、いろいろな表情や癖を目にしています。その大半が自分では気づかないこと。

 

髪の毛を触る、匂いを嗅ぐ、ストローをかむ・・・

癖とは無意識に出てしまうような、偏った好みや傾向。習慣化している、あまり好ましくない言行。そうコトバンクには書かれています。

 

くちゃくちゃと音を立てて食べるクチャラー、鼻をすする、音のする癖は耳につきます。夫が近くで貧乏ゆすりをすると、私はその振動で酔います。ホントだよ。

単純に不快ですよね。

 

ですが、他人の快・不快を考えて悪習を身につける人なんていません。気づいて意識的にやめられる人が、純粋にすごいのだと思っています。

 

私にもたくさんの癖がある

私の癖でもっともやっかいなのは、爪をかむこと。

先日の「100のリスト」で、やってみたいことの10番が「爪を伸ばしたい」でした。軽く書きましたが根は深いです。

 

www.kiradoro-life.net

 

母に聞いたところ「小学校に上がってから」とのことでした。

卒園と同時に父の転勤で引っ越し、友達のいない学校に入学しました。何より父からの圧力が大きなストレスだったのでしょうね。

 

本当に無意識です。

気づいたら両手が血だらけになるほどかみちぎって、何日も痛くてペンを持つのもつらいことがよくありました。爪が不格好なら指も不格好、私は手を見せることが大嫌いです。

父から「だらしがないからやめなさい」と言われるたびに悪化しました。

 

結婚しておさまっていたのですが、夫の借金を境にまたひどくなりました。爪の長さはストレスのバロメーターです。嬉しくないですね。

 

爪をかむというのは、一種の自傷行為 なのだそうです。

かんでしまった自分をみっともない人間だと罵って、自己嫌悪に陥る。そしてまたそのストレスでやめられなくなる悪循環。

 

私の癖なんて誰も興味はないでしょうが、結構勇気を出して書いています(笑)

 

救いになったのは、梅宮アンナさんの著書です。

『「みにくいあひるの子」だった私』に書かれていたのかな?、アンナさんもひどいかみグセがあって、ネイルサロンでお手入れしているのだとか。

 

 

読んでものすごく安堵しました。

 

今までずっと誰にも話したことのないコンプレックス、ここで話す必要性はなかったんですけどあえて書きました。

へばりついている後ろめたさとお別れするためにです。

 

イヤだという気持ちは主観

話をもとに戻しましょう。

 

「イヤだからやめて」と、相手には当たり前のように求めてきたこと。

それが自分へと矛先が向いた時に、考えはアッサリと覆って「ついやっちゃうんだよね」になりました。

 

私のように自分でもイヤになる癖はありますが、「やりたくなっちゃう」は好んでいる可能性が大きいです。

 

お互いの批難ばかりしている姉ちゃんズ。

自分ができていないことを、他人に言うべきではないとは思いません。そこは一括りにせずに分けて考えてもよさそうですが、気づいていて自分のことを棚に上げるんです。

それってどうなの?

 

不快なものならば、いくらでも文句のいいようはあるでしょう。

 

「音がうるさい」

「見た目が汚らしい」

「常識的に考えておかしいでしょ」

「そのくらい考えたらわかるよね」

 

私の癖の話にあったように「だらしがないから」も、もっともらしく聞こえますね。でもよく考えると違います。 

 

冒頭で姉ちゃんズにした「相手がイヤがること」という質問。

果たして本当に「自分がされてイヤなことは、相手もされてイヤなことなのか」って難しくありませんか? やってみて「イヤだ」と言われればわかりますが。

 

「相手もイヤかもしれない」と推し量ることは必要ですが、イヤかどうかは別ですよね。ただ1つ、相手はともかく私がイヤ・・・・なことはハッキリしています。

「私がイヤだからしない」としか言えません。

 

他人の行動なんてそうそう変えられないんです。

 

 

散々理屈をこねましたが、癖がどうこうは単なるきっかけですね。

 

個人的な主観をさも「正論・総意」だと振りかざして、相手の主義主張をひねりつぶすようなやり方は好きじゃないな、というだけの話です。

次女より賢い長女は、時々陰でコソコソと、小ズルイやり方で次女をおとしいれることがありますし。知恵がつくと手強いです。

 

お互い様の部分に片目をつぶるのは、自分のためかもしれないよ?と、母は思うのです。

ただし夫の貧乏ゆすりは、夫ごと消滅すればいいと常々思っています。

 

火種のないことに心は反応しない

ここまでは習慣の話ですが、それ以外のことにも同じように言えます。

例えば。

 

あなたには、A君という好きな人がいます。

クラスメイトのBちゃんが、A君のことを好きだと知りました。

 

なんてことがあったとして。

あなたにとっては大事件で「Bちゃんに取られたらどうしよう!」と感じたとしても、A君を何とも思っていないCちゃんには「へぇ」「ふ~ん」で済んでしまうことでしょう。

 

喜怒哀楽のすべてに言えますよね。

心の中に反応するための火種がなければ、どんなことが起こっても感情は動きません。 誰かの言動に怒りを感じた時も、悲しくなった時も、全部です。

 

感情のフィルターを通す

以前何かの番組で目にしました。

ミュージシャンの方だったんですが、「お客さんが泣いているのは、あなたの歌に感動しているのではなくて、自分の記憶とリンクさせることで泣いている」というニュアンスのお話だったように記憶しています。

 

それぞれが持っている感情のフィルターを通す から、火種が揺れます。

 

巷を騒がせているたくさんのニュースもそうです。

興味のないことであれば、その事実は右から左に通り抜けていくもの。それができないとしたら、自分の中に火種がないかどうかの確認です。

それを誰かのせいにするのはお門違い。

  

「上からモノを言うな」

「何も知らないくせに」

「あなたに私の何がわかるんだ」

「あなたの書いた文章が悪い」

 

このブログを読んでいて上記のような感情がわいてきたとしたら、まんまと罠にハマって火種に油を注いだ証拠ですよね。

 

特定の誰かに向けたものや、誰かを傷つけようとしたものでないのなら、それは受け取った人の問題でしかありません。その情報に心が揺らぐ自分がイヤだとしたら、見ない・聞かないという選択をすればいいだけですから。

(あえて心を揺らして、じっくり向き合うのも1つですけどね)

 

不特定多数に向けたブログで個人攻撃をされていると感じたのなら、それはおそらく自意識過剰です。「自分のことのように感じた」だけ。

 

自分でガソリンをかけて燃やして、うちわであおぐというコント。

コントだと気づいたら鎮火しますよ。

 

自分の言動を定期的にかえりみる

世間のことなど割とどうでもいい私ですが、特定のことに炎上する火種をしっかりと持っています。

 

夫の言動・借金を含めた家計のこと・三女の心疾患のこと・姉ちゃんズの学校でのできごと、とても身近なことばかりです。

「私が守りたいものを壊されるのではないか」という不安に対して、とてもよく燃えます。

 

ちなみに、上述した「小ズルイ長女」にカチンとくるのは、幼い頃の自分を見ているようでイヤだから(笑)

私も2つ下に性格の違う妹がいるので、姉妹関係はよく似ています。次女に対して過剰にイライラする時は、昔の妹を思い出しています。

 

 

二次感情として怒りを感じたあと、どうしてそう感じたのかを掘り下げます。

繰り返していると、段々と「この感情はアレだな」と気づくことができるようになるので、鎮火までの時間が短くなるものです。

 

感情的になるのは決して悪いことではありませんが、感情の不安定な揺らぎはストレスになります。

定期的にかえりみることで、自分の思考の癖もわかりやすくなりますね。

 

誰かを攻撃したくなったら、自分と向き合います。焦らずに。

 

自分の癖を知ってじょうずに楽しく生きる

自分の人生なのに、たった一度きりの人生なのに。

誰かに決めてもらって、進んでみたら失敗して、誰かのせいにして。

 

“ρ(тωт`) イジイジ…

 

楽しくないですよ、そんなの。

 

自分の機嫌は自分で取ろう

誰かの言動に振り回されて、心を消耗したあげく、時間の無駄遣いをしてしまうのは、もったいないです。これこそ損だと思います。

 

自分の機嫌を自分で取れるようになる。

 

自分の人生を生きるために、必要不可欠な力ですね!

自分の機嫌も取れずに周囲に八つ当たりして、不機嫌をまき散らかしていたら慕ってくれる人なんていやしません。

 

自分の人生、一度きりの人生。

自分で決めて、自分の足で進んで、自分で責任を取る。

 

それは「誰にも助けてもらわない」ということとは違います。

失敗したら「ごめんなさい」だし、大変な時には「ちょっと助けてほしいな」です。それでいいのだと思いませんか?

 

長女はじょうずに機嫌の取れる子ですが、次女はとかく誰かのせいにしがちです。これからゆっくり身につけられるといいですよね。

私ももっとじょうずにならなくちゃ!!

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北海道の三姉妹お母ちゃん。借金背負った夫と、小学生の姉ちゃんズ、難病で生まれた三女。人生いろいろあるけれど、トライアンドエラーで笑って生きていくんだ。ネジ巻き直して「よーい、どん!」

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